GMOって映画を見ました。日本だとTVコマーシャルのせいもあって、ネットの会社かと思ってしまうけど、英語では遺伝子組み換え食物のことをいう。アメリカでは9割近くの主穀物がGMOになってしまっているのに、その商品表示義務がない。食の安全性がテーマだが、そこには行き過ぎたアメリカ資本主義の現実が書かれている。この種の商業権利を抑えている会社の資本力の方が、民主主義より上という構造だ。と同時に、こういったインディペンデント系の映画がテクノロジーの進化で増えているのにはうれしく感じる。このディレクターもほとんど、制作やアポイント、編集、企画、商談、空撮など、ほとんど自分でやっているようだ。やりたいことがあればできてしまう。お金でなく情熱がないとできない。情熱でお金が儲かることはあるが、お金でお金はもうからない。そんな時代に入ったことも同時に感じました。
目次
- イントロダクション
- 今日のトピック。実践で何が得られるのか?
- それぞれについての解説
- 再度ポイントのまとめ
- カウンセリングの現場では・・・
- 逆説的考察
- エンディング
この状況を克服すると何が得られるのか?
- 「やりたいことを探す」行為の危険を知ることができます
- やりたいことは外に探しに行くものでないと気づけます
この危険性を知って置くだけで、やりたいことを探す危険を冒す可能性が減ります
それぞれについての解説
- やりたいことを探すと・・・いうことの悲劇
「私、本当にやりたいことを探すの!」
こうやって本気で思っている人は注意が必要です。
世の中に流布するこういうポジティブな流行言葉が私はあまり好きでありません。
それには大概、
商業的に儲かる人がいるという側面がある
裏を返せば
その言葉に踊らされてしまう悲劇の人たちがいる
ということになるからです。
さて、いったいどんな心理的欲求の裏返しのケースが多いのでしょうか?
それには以下のようなことがあげられます。
今この瞬間が嫌だという逃避や防衛反応
今やっていることが気に入らない
今の自分の置かれている状況が気に入らない
周りの今の自分の扱い方が気に入らない
べつに自分を探すまでもなく、
こういった居心地の悪さ、待遇の悪さを改善しようとするのが人生です。
こういった人たちは、日常から逃避することなく、日常を大切にします。
そして、改善を目的とせず、日々の努力の積み重ねの結果として、目的を獲得していきます。
自分探しする人の違いは、現状を放棄してまで探します。改善を目的としてます。
そして、多くの場合において、努力が積み重ねられず、改善が幻のままです。
探すエネルギーは単なる問題回避から来ているものなのか?知っておかないければいけない。
あるいは、探す時に最低限そういう可能性が自分にもあることを肝に銘じておかなければならない。
でないと、無意識の「やりたくない状況を回避したい」という欲求に、延々と振り回されることになる。
新しいことを始めたり、環境に身を置けば、当然うまくいかないことが出てくる。
これを、ああやりたいことではなかった。本当の私のやりたいことは別にあるはずだと、とらえて、やめてしまうのです。
結果、あれこれ着手したことはあるけど、時間とお金をたくさんつかっても何も身になっていない状況に陥ってしまいます。
「自分にはこの世に生まれた意味がある」と信じ、その強い信念をもって探す人がいます。
ですが、これも言い訳です。人生に意味などないことは、仏教においてすでに証明されています。
現代哲学においてもそれが主流です。そんなものは存在しません。
人生は意味がない。だから自分で意味を与えることができるのです。
答えが外にあるのでなく、その意義を自分で作っていくものです。
ですから、自分を外に探すことを目的として行動することは、人生の大切な時間を失ってしまうリスクを伴います。
それでも探しますか?
「にげろー」と無意識に踊らされているのではなく、
魂からの要求で、本気で探したいと思っているのでしょうか?
ラーゲルレーフの書いた小説「青い鳥」はまさにそれを書いた絵本。
チルチルとミチルは夢の青い鳥を探しに冒険にでかける。でも最終的には家にいた。
探しに行く前に、今やっていることをまともにまずはやりましょう。
再度ポイントのまとめ
- 「自分を探し」出したらまず、逃げようとしていると疑え!
- 「自分を探そう」と意識せず、今この瞬間をちゃんとやると「見つかる」
- 「自分を探す」のに遠くに行ってはダメ。かならず手元とこの瞬間が大切
カウンセリングの現場では
私は特にキャリアカウンセラーではありません。というのも、ジョブマーケットに関する詳細な情報や、各業界のスキルアップと年収の関係性を把握していなからです。ですが、それ以外の部分で、とくにこの「やりたいこと」というものを見つけるというワークにおいては、キャリアカウンセラー以上の役割を果たしていると自負しています。現に就職前や第二新卒の方というの増えています。彼らは紹介先企業からのマージンで生計を立てているので、私のように就職を進めないで、勉強や遊び、アルバイトで修行という選択肢を勧めたりしませんし、心理的な観点からの過去の掘り下げや、トラウマとなった過去の修正のような時間も手間もかかることもしないからです。私のところでは、乳児や幼児時代の自分自身と戯れていただき、親や周りの価値観に操作される以前の自由な自分がやりたかったことを、身体感覚レベルで発見するお手伝いをし、それを日々生きるうえでの糧となり躍動感となるようなイメージ化などをします。まだまだやれることがある分野なので、時間があればいろんなコンテンツを作りたいと思っています。
逆張りを考える
やりたいことを探す。
自分探し。
こういうコマーシャル化(商業化)したきらきらフレーズって深みがないので、私は好きでないです。でも流行るのは意味があります。綺麗なものを探す自分を定義することで汚い現実と向き合わずに済ましたい!という人がおそらく多いからです。
ではもっと実用的で使い勝手や使う意味があるフレーズってなんでしょう。
「やりたくないことを探す」
絶対にやりたくないことは、自分の頭でなく身体感覚や感性と直結しています。やりたくないことをリスト化すると、そこに書いてないものがぼんやり見えてきます。それがやりたいことのヒントです。
「他人探し」
他人探しっていうと、とある第三者を探すように聞こえます。でもこれが自分探しっていうと、今の自分でない、本当の自分があるように思えますが、他人にも本当の他人があるって、この言葉からは思えませんよね。探すって、探すのが自分だから、自分ではないものしか探せません。AさんがAさんを本気で探していたら頭おかしいですよね。となると、自分を探すっていうのは言葉遊び?だったり哲学的表現?だったりします。もっと掘り下げる必要があるな。スペース足らないから別の機会に。
出だしの続き。。。
ダムネーションは、もうアメリカにダムを作る必要はなくなったのに、まだ作るのか?なぜなのか?という点から社会の矛盾を書いた映画だったけど、こちらも同様のもの。あとフィンランドの映画で「シンプルライフ」というものがあるが、こちらは、持っているものをすべて倉庫にあずけ、1日1つだけ、必要なものを取りに行くことができる。365日立った時にある人生に必要な30個は何か?を描いた映画だが、こちらは社会の構造の矛盾がテーマでなく、人間の価値観をテーマにしたものだった。たしかに最初の1つめ、2つ目は面白いのだが、後半例えば150個目と151個目の違いになるとどうでもよくなってしまうところが企画のまずかったところかな。でも自分の日常をそのまま伝えているのがすごい(稼げる仕事を別にこなしながら、この映画を撮っている)。やりたいことをテーマにこの3つを見て、そのあと制作秘話を読むのはヒントになると思います。