他人の怒りを恐れないヒント

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先日もお伝えした「セッション」という映画。あそこに出てくるフレッチャー教授が親だと思ったらぞっとします。
怒り狂った先生に皆おびえるわけですが、相手の怒りに巻きまれるのは普通の気がします。ですが、ああいうのを見ると興奮する人(性的にという意味でなく、取り組める新しいおもちゃが見つかった感覚)もいますし、まったく客観的にみられる人もいます。まあ、映画なので見ているこちら側の心臓がバクバクいい、手足や肩の筋肉に緊張が走るようにいろいろ嗜好を凝らしてはいるのですが。

目次

  1. イントロダクション
  2. 今日のトピック。実践で何が得られるのか?
  3. ○○ってなんだっけ?
  4. 克服するために必要な3つ(7つ)のヒント
  5. 再度ポイントのまとめ
  6. カウンセリングの現場では・・・
  7. 逆説的考察
  8. エンディング

この状況を克服すると何が得られるのか?

  1. なぜ自分が、相手の感情(特に怒り)に巻き込まれやすいのかを知ることができます
  2. 他人が怒っている状況でも、自分自身でいられ、巻き込まれにくくなります。
  3. 万が一巻き込まれても、回復スピードがだんだん速くなります。
  4. 自分は自分であることを実感できます
  5. 他人の感情に支配されにくくなります

それぞれについての解説

  1. 怒りの構造を知る
  2. ポイント

    1. 相手に対する過剰な期待で甘え
    2. 幼少のころ、母親が期待に応えてくれなかったことを許せない衝動
    3. 自己重要感の欠如
    4. 怒りを鎮める

    5. 相手の怒りに恐怖を感じるわけ
      1. 親がどなったり、大声を上げたり、怒り狂ったり、あるいは暴力をふるうことにロジックがない。つまりいつも突然
      2. 生育上の問題
          通常と呼ばれる状態
           親が子供に気を使う。子供は自由奔放で、親が責任を取る
          逆転現象
           子供が親に気を使う。自由奔放が自身の生命にとって危険なものであると察知する。
           具体的には、親がどなったり、暴力をふるうのだが、それが全く予測ができず、理由もよくわからない場合。

        予測不可能なので、いつそれが起こるのか、常におびえるようになります。わずかな親の気持ちの変化でも察知し、身の危険に備えます。そして、親がこうなるのは自分の対応が悪いからだ、自分のせいだと責め、自己非難をします。幼少時は親のいうことがその子の世界感のすべてです。別のところでも説明しましたが、通常怒りは正義を語るふりをしますので、子供は親のかざす正義の前に、自身の罪悪感を感じるでしょう。自分はダメなやつだと。そして、このような親子関係では、そのあとのケアも期待できません。こうして、他人の感情、特に怒りの発生に非常に敏感で、かつ他人が怒ると、こちらに罪悪感が発生するような自分が構築されてしまうのです。

         

      3. 親の意識と無意識のメッセージが矛盾する
      4.   口ではそれでいいのと言っているのに、怒りでひきつった表情をしている。あるいはそこまであからさまでなくても、怒っている雰囲気である。これはダブルバインドというコミュニケーションに当たります。子供はどのような感情で相手に接したらよいのか混乱します。そうすると、これも先ほどと同じように、いつ相手が怒ったり、どなったりするかが予測しずらいので、自分の身を守るために、相手の感情の動きに敏感にならざるをえません。

      5. 親との間での感情レベルでの交流がなかった
      6.   「カブトムシだよ!」っていったら、「ちゃんと手を洗ったの?」 本当は「すごいねえ、大きいねえ、どうやって捕まえたの?」ってほめてほしかった。「先生に叱られたよ!」っていいったら、「何をやらかしたの!」 本当は「友達をかばって、自分のせいだっていったの?やさしい子だね。えらいね」っていって抱きしめてほしかった。など。私の立場を知ろうとも、理解しようともしない、前者側のコミュニケーションで親に育てられると、これも自分はこの感情でいいんだ!自分はこの状態でもいいんだ!という感覚が芽生えてきません。自分が適切な感情表現を妨げられて育ってくると、適切な感情表現が苦手になり、同時に、すなおな感情表現をしてくる相手も苦手になります。

      7. 自分は怒るという感情表現を封印している
      8. 怒ることができない(しないのではなく怒れない)という状態は、恐らく怒ることを自分に対して許可できない状態です。自分に対して怒りの表現を許可(つまり実際に怒ってみる)すると、「ああ、怒るってこういうことかあ」「怒ってる本人も大変なんだなあ。つらいんだなあ」「私に対して怒っていたけど、実は自分に沸き立つものに踊らされていたんだあ」など、「怒り」そのものの正体が「ハラ」で理解できます。と同時に、相手が怒るということも、頭の中で恐れているほど大したことではないことが理解できるはずです。また、それが過去の親との関係が作り出した、脳の中にこびりつく亡霊の「いたずら」であることに気付くはずです。つまりあなたが怒りというものを勝手に定義していることからくる恐れが、「怒れない」というところから来ているとも言えます。
         

      9. 結果
      10. 結果、相手の感情の動きに極めて敏感にならざるを得なかったのです。そして、相手が怒り狂った場合、それに怯え、嵐が過ぎ去るのを待つしかありませんでした。と、同時にこうなったのは自分のせいだと自動的に自分を責め、卑下するようになったのです。相手の感情の起伏に巻き込まれる体質になってしまったのです。

    6. 恐怖を発動させないワーク
    7. 1.怒りを表現して、怒りを体感する
      怒りを鎮める
      2.恐怖を取り除くワークをしてみる。
      恐怖にとらわれている状態は戦闘状態
      3.2で自分を客観視したように、相手を自分の感情と切り離して客観視する
      観察に全神経を集中することで、自分の中で発生していた「過去のプログラム」の稼働が緩み、さらに没頭するとそれが停止します。

    再度ポイントのまとめ

    1. 相手の怒りの感情に引きずられる理由
    2. 他人の感情変化にとっても敏感に育った
      親子関係の逆転
      ダブルバインドコミュニケーション
      感情交流の欠如
      自分が怒りを表現できない。

    3. どうするのか?
    4. 怒りを表現してみる
      恐怖を鎮める

    カウンセリングの現場では

    催眠による親とのトラウマの解消と同時に、自分の怒りの存在に気付いていなかったり、あっても出せなかったり実はしている人がおおいので、怒りの取扱いについて話し合ったりします。自分自身に自信をもち、自己尊重感を高めるワークをします。自身のコアを強化するワークをする人もいます。

    逆張りを考える

    お気づきだとおもいますが、相手を自分の支配下にするのが先天的にうまい人というのは、こういうトラウマがある人のかぎ分けが天才的です。そして、恐怖をうまく使って相手を支配していきます。相手が自分の存在感や自信が欠如しているのもわかっているのか、ほめることも上手です。この2つをうまく緩急をつけて使います。映画ではありませんが、関西で何人か自分のマンションに何人かその人の資産とともに同居させ、支配構造をつくり、同居人同士で殺させていた人が話題になりました。恐怖に支配されると人間らしい思考はほとんど停止してしまいます。普段からそうならない訓練が必要です。

    出だしの続き。。。

    「セッション」という映画の一方で、「半沢直樹」のような世界がある。ま、あれは、設定とそこらにちりばめらた小道具がわかりやすい記号で満ち溢れてさせることで、一見リアリズムに見えるスーパーヒーローものだけれども、そこには、日常でわれわれがやりたくてもできない姿を彼が代弁してくれるから、共感が持てるし、引きずり込まれる。つまり心理的にはあれが、多くの人にとって、実現したい世界のイメージともいえる。半沢直樹は相手の怒りや圧力に巻き込まれることなく、自己を保つ力があるし、プレッシャーの中でもクリエイティブで行動力がある(恐怖に囚われていない)し、自分の怒りをきちんと表現できるし。でも、自分が怒りでいっぱいの時は、ああいう行動は心理学的にはリアリティに欠けるかなあ。。。

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