【映画で考える心理学】ウォール街

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本当の自分に出会えるのは闇の底でだ。ということに気付く映画

オリーバー・ストーン監督が描いた1984年公開のウオール街。ビジネスにおける金と人間の欲望の世界を描いたもの。チャーリー・シーンの演じる主人公バドは証券会社の営業マン。なんとか取引を宇増やそうと、ウオール街一の投資銀行家であるゴードン・ゲッコーに近づく。彼の手ほどきを受け、インサイダー情報を元にゲッコーからの取引を増やし、手数料収入も増え、会社での地位も上がっていく、美女も手に入れ、マンハッタンでのペントハウスでの生活も手に入れた。だが、経営不振だった自分の父が役員を務める会社の再建プランが、ゲッコーの手によって会社の解散と、運用されていた年金基金の取得になっていたことから、彼から離反。タイミング悪く、証券取引委員会からの査察もあり、インサイダーが表に出て、逮捕される。映画は父に付き添われて裁判にいく(?)シーンで終わる。このジェットコースターのようなバドの数年間とそれを取り巻く人の対比でいろんな人生哲学を比較できる映画となっている。

徹頭徹尾の意思でやらないと成功しない ゴードン・ゲッコー&ラリー・ワイルドマン

バッドは自分の父が勤めるブルースター航空の瓦解を止めるために奔走します。しかも、最終的には買収側も買収される側もメリットのある形でワイルドマンが引きとるので、ブルースター航空にとってはハッピーエンドではありますが、そこまで仕事ができる実力があるのであれば、ゲッコーにもっと魅力的なプランを提案するために全力を注ぐべきだったのでしょう。映画のメインテーマはもちろん、「強欲はいいことか?」ですし、彼に感情移入でき、彼に正しさを感じる人は多いと思いますが、本当に成功する人というのは、ここで非情になれる人ではないかと思います。非常というのは冷酷といっているのではなく、情で動かないということです。バドが本当にかつ純粋にお金持ちになりたいとだけ思っているのであれば、そちらを優先するべきだったと思います。ゲッコーやワイルドマンはその局面におけるタフネス(迷いなき哲学)でお金持ちになったのでしょう。と同時に、こういう局面になって初めて、本当にお金のためだけに生きる人生を生きたいのか?自分もゴードンのようになりたいのか?がバドわかったとも言えます。ちなみにゲッコーの強欲の根本は、彼の育ちですね。周りに比べて自分はモノが与えられなかったという不足感が一杯であり、自分の住む安全や、食べ物の確保、母親からの愛情がなかったのだろうと推測が立ちます。逆の言い方をすると、ありさえすれば安心できるという感覚です。作品中にも彼は貧乏だったという話がでてきます。そして今も満たされず、安心もできないのでしょう。

目の前の勝ち馬に乗るだけ、負け馬からは一刻も早く降りる ロジャー・バーンズ&ダリアン・テイラー

責任回避型なのに社会でうまくやっている人というのはこのタイプ。ロジャー(部長)は、バドがゴードンのアカウントをゲットした際には「彼はそういう才能があるとずっと目を付けていた」といって興奮し、彼が証券取引監視委員会によって拘束される際には「彼はそういうことをするやつだとずっと思っていた」と発言し彼を下げずんだ目でみます。ダリランはバドが具体的にお金を持ち始めた時点で出会って付き合うようになりますが、ゴードンを裏切った段階ですでに彼とはいません。バドを自分と同等か、下にみているような振る舞いが描かれているので、ボスとしてのゴードンが彼女には常にいたのかもしれませんね。実際、このタイプの特徴は、1.ボスが誰かを常に無意識が気づいている。2.ボスにいかに受けるかについてに人生賭けている。3.下に対して強くでる。下に対して強く出るのは、上に対してやっていることのストレスやフラストレーションの解放と同時に、自分が実力がないことを無意識が知っているので、どうしても虚勢を張りつづけないと、その存在を保てないからでしょう。そうこうするうちに実力と地位のギャップは大きくなるばかりで、最後にはその犠牲に自分がなり、その時には誰も助けてくれない、そんなモデルですね。

日常がうまくいけばいいんじゃない マーヴィン

バドの同僚のマーヴィンは、会社の中では昇進していく野心も能力もないけど、落第するわけでもなく、上を望みながらも特になにか具体的に行動しているわけではないキャラクターとして描かれています。バッドの昇進をうれしいとも思い、やきもちもあり、彼の逮捕に心配もする。彼のキャラクターこそ実は、我々が普通という視点をオリバー・ストーンは絵描いていると思います。

淡々と目の前にあることをやる、それが人生だ カール・フォックス&ルー・マンハイム

この映画のキーを握っているのは実はこの2人です。カールはバドの父でブルースター航空の役員でありエンジニア。ルーはバドの職場での直属の上司です。この二人の特徴は、1.目の前の見えていることに一喜一憂しない、2.強い信念を持っている、3.目の前のことを淡々とこなしている(ルーは私の勝手な推測)です。目の前のことに振り回されないのは、長期的かつ、メタ認知的に物事を捉えられていて、他人がどうこうではなく、自分の体験や信念で物事を見ているということ。そして、それに基づいて、他の人がみたらあまりにも退屈であろうことを繰り返しこなしている職人のような人であるからだと思われます。こういった人というのは、自己尊重感も高く、自分の存在意義を実感して日々すごしています。ですので、他人の感情にあまり振り回されたりしませんし、逆に他人に対して、自己尊重感を高めることができます。たぶん素敵な家族に育ち、お母さんが、あなたはあなたでいいと育ててくれたのでしょう。カールとルーは、主人公のバドがジェットコースター的人生を送るのに対して、ブレのなさを見せてくれます。そして、バドが調子に乗っているときは戒め、落ちたときにも彼の状況を肯定的にとらえ、こういっています。「闇の底で始めて我々は本当の自分に出会える」byルー、「おそらくこれがお前の人生で起こった一番いいことだ」byカール(父)。

弱気では人生が見えている

バドの職場に、作中営業成績を思うように上げることができず、離婚した子供の養育費も払えないままクビになる。アメリカの競争社会、特にマネーゲームの現場では、敗者に用はないという絵をシビアに描いています。彼は犠牲者として描かれていますが、一方で自分の人生に対する責任や覚悟が足りないようにも描かれています。特に競争の激しい中では必要とされることが、圧倒的に足りないがゆえにみじめな結果となってしまうキャラとして描かれていると思います。

再び、本当の自分に出会えるのは闇の底でだ。ということ

人生いいときも悪いときもありますが、本当の自分の底力や、弱さ、友情、一生をかけるべき対象、などというものは、最悪の時に登場するということ。映画ではそれらが何かという直接的表現はありません。ですが、ベストなときに、それらはいる(あるいは手元にある)ようで、実は偽物をつかまされていただけ、ということをこの「ウォール街」は教えてくれます。そしてそれを知ることが、本当の自分に出会えるのは闇の底でだ、を知る近道でもあるのです。Aを証明するためにAでないものを見せる手法って高度ですよねー。ここにオリバーストーンのセンスと天才を感じます。(強欲に焦点を当てた単なる結果で意図でないかもしれないですが、そこはわかりません)それにしても、人間は独特的メッセージをストレートに受け入れられません(特に大人は)よね。めんどくさい生き物ですよねー。


オリバー・ストーンの名作。哲学がたくさん盛り込まれています。


何度も引用していますね、母性愛着で同じみのボルビーです。


欲の仏教の見解の入門書といえます。非常に読みやすくわかりやすいです。

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