【映画で考える心理学】ショーシャンクの空に

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成功するというのは淡々とやり続けることだということがテーマの映画

1994年に公開された、ホラー作家のスティーブン・キングが原作の刑務所を舞台とする映画。ティム・ロビンズ演じるアンドリューは銀行の副頭取で、妻とその不倫相手を殺害した無実の罪で、終身刑を言い渡され、ショーシャンク刑務所に収監される。この刑務所は、所長や刑務官たちが、自分のうさはらしのために、囚人をリンチしている世界だった。囚人同士でもいじめのある世界で、アンドリューは性的虐待にも耐えていた。そこで、モーガン・フリーマン演じるアンディは外部からモノを調達する調達屋として登場する。同じ仮出獄を待つ身として友情を芽生えさせていく。しかし、一方アンドリューはその会計知識を買われ、所長らの不正蓄財を手伝うことになる。彼を生かさず殺さず程度にしか思っていない所長は、彼を厚遇するも、一方で立場をわからせれるべく懲罰を与えたりもし、なによりも自分の不正が表に出ないようにするために、アンドリューの仮釈放申請をすべて却下しており、アンドリューは絶望的立場へと追いやられる。そんな中でもアンドリューは実はもくもくと、議会に手紙を書くことで、刑務所環境を改善要求してそれをかなえ、自身は脱獄のために穴を掘るなど準備をしていた。20年越しの囚人生活の末、ついには脱獄に成功して、所長の不正を新聞社に暴露し、自分はその所長の不正蓄財を奪って南のリゾートへ逃亡し、裕福な生活を手に入れる。

希望の正体とは?

彼にとっての希望は釈放され無罪を勝ち取ること。であるが現実的ではない希望は最終的に人を裏切り、その現実との落差から、希望を持った人を奈落の底に突き落とす力を持っています。ですから、アンディはアンドリューに言います。「希望は危険である」と。また、アンドリューが南国リゾートで暮らすことを語ることにも嫌悪感を抱きます。アンドリューは何度も仮出獄が否定するたびに大きな落胆を経験し、希望の正体を学んだのでしょう。ギリシア神話では、パンドラが人間界にもたらした箱を開けると、あらゆる厄災が飛び出していって、最後に残ったのが希望とされていますが、この希望は今記述した通り、その魅力に抵抗するのは非常に難しく、かつ人を奈落の底にたたきつけるもの、という説もあります。(東京海洋大学名誉教授丹羽隆子氏の解釈による)また、ナチスの強制収容所での生活を生き抜いたユダヤ人精神科医のヴィクトール・フランクルも、収容所内では、理由もなくクリスマスまでに収容所から出られると信じていた人たちが、それがかなうことがなかったことで、生きる気力を失い、死んでいったことを言っています(「夜と霧 byヴィクトール・フランクル」)。

絶望の世界にどう生きるのか?

アメリカ、サンフランシスコ沖にアルカトラズ島という島があります。禁酒法時代にアル・カポネなどのマフィアが収監されたことで有名なこの監獄島は、おもに終身刑を受けた凶悪犯が収用される施設で、中は真っ暗。その中で気がおかしくなるものも多かった中で、ある囚人は、石を投げるゲームを思いつきました。ただ投げるのではなく、着地視点を正確に当てるというゲームで、恐らく投げた後に、床の目地などを数えたりして、その距離を測定し、想定との違いを楽しんでいたと思われます。この囚人は狂うことなく出獄することができました。アンドリューはどうでしょうか?いつ出られるかどころか、刑務所所長たちの影の部分を担うことになって、ここでの生活は安全になったが、ほぼ出獄は不可能になった状況に甘んじていたのでしょうか?いえ。彼は大胆な計画を立てました。出獄することと、裏金をせしめることを。ですが極めて慎重に行動しましたし、おそらく1日にできることはわずかだったでしょう。ですが、それに没頭していたと思われます。彼にとってはアルガトラス島の囚人と同じで、楽しいささやかなゲームだったのかもしれません。そしてなによりも、次に書いた通り、失望している暇がなかったのでしょう。忙しすぎて。

大きな成功は淡々とやり続けた累積

よく、戦略は大胆に、戦術は詳細まで慎重にといいますが、彼の場合もそうだと思います。終身刑を言い渡され、仮出獄も不可能になったにもかかわず、彼は出獄だけでなく南国リゾートでの生活を戦略として決めています。そして、決めた目標に対して、あとはひたすら淡々とやり続けたように見受けられます。淡々と穴を小さな鉱石採掘用ハンマーで掘り続けた結果。彼は牢獄の外までのトンネルを完成させることに成功します。そして、それはもちろん、そこから外へ出るための施策も、外へ出てからの計画も、外へ出る日の選定も、丁寧にやっていました。そしてなによりも、外へ出てからのお金の確保まで計画されていたのです。成功というものはこういうものだと思います。これだけの準備はあっという間にできるものではありません。実際、穴を掘るのには相当の年月がかかっていますし、牢獄所長の信用を得て、なんでも裏金の運用に関して任せてもらうまでも同様です。アンドリューはこれを数十年やり続けたわけです。数十年やり続けることにすごい意志の力はいりません。覚悟だけ。覚悟があればやるというのは、このブログを読み続けた読者なら納得いただけると思います。

特殊条件は消えるときはあっという間

我々はいつでもいくつかの特殊条件の上で生活をしています。例えば、このサミュエル・ノートン刑務所長やバイロン・ハドリー主任刑務官。彼らは正義を執行するということが法的に与えられ、囚人に対してのパワーを与えられています。でも人間って簡単にこういった特殊条件を自分の特殊能力や権利と勘違いしてしまう生き物です。ノートン刑務所長は囚人を労働力搾取の対象として使い不正蓄財に性を出し、バイロンは自分の憂さ晴らしと劣等感の解消(おそらく)のために、囚人たちを苛め抜きます。ですが、特殊条件というものは与えられたもので、能力ではありません。アンドリューが新聞社に事実を告発した時点で、一瞬にしてすべてが消えうせます。囚人側もそうです。牢獄にいると、その秩序や地位が成立しています。しかしそれも特集環境での特殊な条件なのです。外に出ると、犯罪者のラベルが貼られますし、生きていくための仕事の遂行経験や能力が一気に問われます。年齢も働くにあたり問題となります。ブルックスはそれに苦しみ自殺してしまいますし、アンディも同じく苦しみます。おそらく魚に水がわからないのと同様、空気のような存在の特殊条件を意識することは人間にとって難しいことなのだと思います。

安きに流されるのが人間

終身刑囚人が収容される監獄で、ブルックスをはじめ多くの囚人は何も考えず、ただ淡々と時間をやり過ごします。我々はアンディのような華麗な脱語を夢見るものの、アンディのように成功する可能性がほとんどないことをに向けて淡々と作業をすることができないのではないでしょうか?いや取り掛かりさえしない。周りにいるアンディには気づけさえしないのではないでしょうか?ただいうことを聞いていれば飯が食べられる状態、それを捨て危険を冒してまでそんなチャレンジは普通しないでしょう。アンディにはそれだけの追い込まれた理由があったのも、安きに流れなかった理由といえるでしょうが、ご自身をアンディ以外の人物と重ねてご覧になると面白いと思います。


成功する人は、日々目の前のものに反応しているだけでは見えません。そんなことを強く印象付ける作品です。


ヴィクトール・フランクル「夜の霧」


丹羽隆子「ギリシア神話」


アルガトラス島が舞台となった映画。ショーンコネリーとニコラス・ケイジ主演「ザ・ロック」

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